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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)34号 判決

原告

ニッカ株式会社

代表者代表取締役

訴訟代理人弁護士

佐藤治隆

同弁理士

被告

ボールドウィン グラフォテック ゲーエムベーハー

代表者

訴訟代理人弁理士

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成7年審判第27338号事件について、平成9年12月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「印刷機のゴムブランケット洗浄装置」(後に「印刷機のブランケットシリンダ洗浄装置」と補正)とし、昭和54年9月25日に出願された特願昭54-501604号(以下「原出願」という。)の一部を昭和62年6月30日に分割出願(以下「本件分割出願」という。)した特許第1746600号発明(平成2年10月15日出願公告、平成5年3月25日設定登録。以下「本件特許発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成7年12月18日、本件特許発明の特許登録を無効とする旨の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を、平成7年審判第27338号事件として審理した上、平成9年12月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成10年1月7日、原告に送達された。

2  本件特許発明の要旨

1 本件特許発明の出願公告決定時の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「第1特許発明」という。)の要旨

洗浄用布と、該洗浄用布をブランケットシリンダに押し付け又は引き離す機構と、洗浄用布を移送する機構と、洗浄液を供給する給液手段と、洗浄用布に対向して配置され、洗浄用布のほぼ全幅に洗浄液を与える孔が設けられた管状部材と、前記給液手段からの洗浄液を管状部材に送る液体ラインと、洗浄液を管状部材に供給するための圧縮空気を送る圧縮空気ラインと、から構成された印刷機のブランケットシリンダ洗浄装置において、複数の液体ラインと、前記管状部材と複数の液体ラインおよび圧縮空気ラインとを接続する共通の入口用連結部材と、前記各液体ラインに配置され、入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる液体計量手段と、入口用連結部材と各液体計量手段とを結ぶ液体ラインに配置され、前記入口用連結部材に導入された洗浄液が液体ラインに戻るのを阻止する逆流防止手段と、圧縮空気ラインに配置され、入口用連結部材に導入された洗浄液を管状部材へ押し出すための圧縮空気を供給する圧縮空気供給手段と、定量の洗浄液を入口用連結部材で混合させた後、圧縮空気を送って前記定量の洗浄液を洗浄動作ごとに管状部材から洗浄用布に与えるように前記各液体計量手段および圧縮空気供給手段を制御する手段と、を具備する印刷機のブランケットシリンダ洗浄装置。

2 同請求項2に記載された発明(以下「第2特許発明」という。)の要旨

洗浄用布と、該洗浄用布をブランケットシリンダに押し付け又は引き離す機構と、洗浄用布を移送する機構と、洗浄液を供給する給液手段と、洗浄用布に対向して配置され、洗浄用布のほぼ全幅に洗浄液を与える孔が設けられた管状部材と、前記給液手段からの洗浄液を管状部材に送る液体ラインと、洗浄液を管状部材に供給するための圧縮空気を送る圧縮空気ラインと、から構成された印刷機のブランケットシリンダ洗浄装置において、複数の液体ラインと、前記管状部材と複数の液体ラインおよび圧縮空気ラインとを接続する共通の入口用連結部材と、前記各液体ラインに配置され、入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる液体計量手段と、入口用連結部材と各液体計量手段とを結ぶ液体ラインに配置され、前記入口用連結部材に導入された洗浄液が液体ラインに戻るのを阻止する逆流防止手段と、圧縮空気ラインに配置され、入口用連結部材に導入された洗浄液を管状部材へ押し出すための圧縮空気を供給する圧縮空気供給手段と、洗浄動作の最後に圧縮空気を所定時間だけ入口用連結部材に供給する手段と、定量の洗浄液を入口用連結部材で混合させた後、圧縮空気を送って前記定量の洗浄液を洗浄動作ごとに管状部材から洗浄用布に与えるように前記各液体計量手段および圧縮空気供給手段を制御し、かつ洗浄動作の最後に前記圧縮空気供給手段を所定時間だけ動作させる制御手段と、を具備する印刷機のブランケットシリンダ洗浄装置。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、1第1特許発明が、原出願の当初明細書及び図面を記載した特表昭56-501197号公報(甲第1号証、以下、刊行物としては「引用例1」といい、その記載内容に言及する場合は「原明細書」という。)、特開昭51-56306号公報(甲第2号証、以下「引用例2」という。)及び実開昭49-9302号公報(甲第3号証、以下「引用例3」という。)に記載された発明から容易に発明することができたものであり、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであって、同法123条1項1号の規定により無効とされるべきであるとの請求人(本訴原告)の主張について、引用例1が、第1特許発明の出願前に頒布された刊行物ではなく、当業者が引用例2及び3に記載された発明に基づいて容易に第1特許発明を想到することができたものではないとし、2第2特許発明が、引用例1及び特公昭49-5281号公報(甲第4号証、以下「引用例4」という。)に記載された発明から容易に発明することができたものであり、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであって、同法123条1項1号の規定により無効とされるべきであるとの請求人の主張について、引用例1が、第1特許発明の出願前に頒布された刊行物ではなく、当業者が引用例4に記載された発明に基づいて容易に第2特許発明を想到することができたものではないとし、3本件特許発明が、特許法36条4項又は5項の規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法123条1項3号の規定により無効とされるべきであるとの請求人の主張について、当該主張は、公告決定後に補正された特許請求の範囲に記載された構成要件に基づくものであり、前示第1及び第2特許発明の要旨に基づかない主張であるとし、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許発明を無効とすることはできないとしたものである。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決の理由中、本件特許発明の要旨の認定、当事者の主張の認定、出願公告後の補正の適否の判断(審決書24頁9行~26頁4行)、本件分割出願の分割要件についての判断の一部(審決書26頁7行~29頁2行、31頁4行~32頁20行)は、いずれも認める。

審決は、本件分割出願が適正な分割要件を有するものと誤って判断する(取消事由1)とともに、本件分割出願後の平成2年5月7日付けの手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)が発明の要旨を変更しないと誤って判断し(取消事由2)、本件特許発明の出願日が本件分割出願の日(昭和62年6月30日)ではなく原出願の出願日(昭和54年9月25日)に遡及するとして、引用例1が本件特許発明の出願前に頒布された刊行物ではないと認定し、その結果、本件特許発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(分割要件の判断の誤り)

1 液体計量手段について

審決は、本件分割出願後の特許請求の範囲に記載された「入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる液体計量手段」の構成要件が、原明細書に記載された「各洗浄動作毎に正確に量が調整された洗浄液がノズルビームに導入される」機能を、「~手段」で表現したものであり、原明細書に開示された特許請求の範囲を拡張するものではないと判断している(審決書29頁16~20行)が誤りである。

すなわち、その根拠として審決が認定した原明細書の記載箇所(審決書29頁5~15行)には、正確に洗浄液量を調整する機能をもつ必要性があることが示されているだけであって、このような機能を実現するために、発明が講じている技術的手段は示されていない。そもそも、単に「機能」が示されているだけで、その機能を実現するものとして認識され原明細書に開示された技術的手段を超えて、あらゆる技術的手段を含む広義の「液体計量手段」として構成要件を記載することは許されてはならない。発明の保護は、発明者の認識の限度に止まるべきであり、分割出願と認められるのは、出願日の遡及効果がある以上、原出願の明細書に記載されている範囲に止まるべきだからである。

具体的にみると、原明細書では、高圧ポンプによる供給ではノズルから噴射される液体の量を正確に制御できないことを従来技術の欠点として記載しており、この圧縮ポンプに代え、好適な実施例である技術的手段としてストローク調整可能なピストンポンプが示され、これが「各洗浄動作毎に正確に量が調整された洗浄液がノズルビームに導入」する機能を実現するのである。したがって、この範囲を超えて、あらゆるポンプ手段までを包含する「液体計量手段」とすることは、明らかに原明細書の開示の範囲を逸脱している。しかも、この「液体計量手段」には、「入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる圧縮ポンプ」も包含されるから、原明細書で、従来技術の圧縮ポンプを用いることによる不具合を技術的課題として掲げていることと矛盾するものである。

2  圧縮空気供給手段について

審決は、本件分割出願後の特許請求の範囲に記載された「圧縮空気ラインに配置され、入口用連結部材に導入された洗浄液を管状部材へ押し出すための圧縮空気を供給する圧縮空気供給手段」の構成要件が、原明細書に記載された「圧縮空気ラインを加圧し、入口用連結部材内の液体をノズルビーム、つまり、管状部材に圧縮空気により押し出す」作用を、「~手段」で表現したものであり、原明細書に開示された特許請求の範囲を拡張するものではないと判断している(審決書30頁15行~31頁3行)が誤りである。

この構成要件の場合も、前記液体計量手段の場合と同様に、単に「機能」が示されているだけで、その機能を実現するものとして認識され原明細書に開示された技術的手段は、「バルブ25」だけである。これに対し、圧縮空気供給手段の概念はバルブの概念を超えた、あらゆる技術的手段を含む広義の手段であることは明確であり、このような拡張された概念である「圧縮空気供給手段」への変更は、許されるものではない。

原明細書では、技術的手段としてバルブ25を提示し、これが「各ポンプ16がそのストローク端に達するや否や開通させる」ように開閉駆動することにより「入口用連結部材に導入された洗浄液を管状部材へ押し出す」作用を発揮するのであって、この範囲を超えて、あらゆる圧縮空気手段、例えばコンプレッサや圧縮ポンプなどまでを包含する「圧縮空気供給手段」とすることは明らかに開示の範囲を逸脱している。

3  以上のとおり、本件特許発明の構成要件としての「液体計量手段」と「圧縮空気供給手段」は、原明細書において、前者が「ピストンポンプ」であり、後者が「バルブ」としてのみ記載され、それ以上の上位概念を示すような態様についての開示は一切なく、液体を計量するための全ての技術的要素、あるいは圧縮空気を供給するための全ての技術的要素を、原明細書中に見出すことができず、また、推測することもできないのである。

特に、本件特許発明は装置発明であり、ある目的とする機能や作用をなす「~手段」として記載された構成要素は、装置発明の構成要件たり得ない。本件特許発明は、液体計量手段や圧縮空気供給手段の構成要件を掲げ、それらの制御関係を説明して課題を解決したように見えるが、上記液体計量手段や圧縮空気供給手段の語は、極めて抽象的な表現であって、具体的にいかなる装置構成を有すればその手段たり得るかについては、特許請求の範囲の記載のみによっては判然としない。発明による保護は、もともと発明開示による代償として与えられるもので、単なる究極的な技術的課題そのものを提示しているのみで発明を開示したことにはならないのである。そもそも、発明要件が開示の範囲を超えて上位概念として記載されていると認識するためには、開示されている実施例(ピストンポンプやバルブ)の範囲を超えて、拡張される外縁を特定するに必要な少なくとも複数の具体的開示を必要とするものである。

したがって、本件分割出願は、その要件を満たしていないので出願日の遡及効果を得られず、現実の分割出願日である昭和62年6月30日に出願されたものとすべきであり、本件特許発明は、その出願前に公開された引用例1~4に記載された発明に基づいて容易に発明できたものである。

2  取消事由2(要旨変更の判断の誤り)

審決は、本件分割出願は適法な分割出願と認められるから、手続補正書が提出された平成2年5月7日に特許出願されたものではないと認定している(審決書33頁12~17行)が誤りである。

本件特許発明において発明の要旨変更があるか否かは、昭和62年6月30日付け分割出願の基準明細書(甲第5号証、以下「基準明細書」という。)と、その後の平成2年5月7日付けの手続補正書(甲第8号証、以下「本件補正書」という。)による本件補正の内容変更との関係で判断されるものであって、分割出願の適法性の問題とは相互に関係しないからである。

ただし、本件では、原明細書(甲第1号証)と基準明細書(甲第5号証)が基本的に記載内容を同じくし、本件分割出願後の本件特許発明の要旨を記載した出願公告決定時の明細書(特公平2-46388号公報、甲第10号証、以下「公告明細書」という。)と本件補正書との記載内容が同一であることから、本件補正の違法性については、原明細書と公告明細書とを対比した上記取消事由1の分割出願に関する判断の誤りが、そのまま当てはまるものである。

すなわち、基準明細書には、「ピストンポンプ」及び「バルブ」とのみ記載され、それ以上の上位概念を示すような具体的態様についての開示がないにもかかわらず、本件補正によって、公告時の当該構成要件は、「液体計量手段」及び「圧縮空気供給手段」という内容に拡張されたものであり、本件補正は、基準明細書に開示された範囲を超えてなされた要旨変更に相当する。

したがって、本件補正は発明の要旨を変更するものであり、本件特許発明は、特許法40条(平成6年法律第116号による削除前のもの)の規定により本件補正の行われた日(平成2年5月7日)に出願されたものとみなすべきであって、その出願前に公開された引用例1~4に記載された発明に基づいて、容易に発明できたものである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

1 液体計量手段について

原明細書には、「各洗浄動作毎に正確に量を調整された洗浄液が上記ノズルビーム(11)に導入される」(甲第1号証1頁左下欄6~8行)、「各洗浄動作毎に少なくとも一度は正確に量を調整された洗浄液がノズルビームに導入される」(同2頁右上欄9~10行)と記載され、特許請求の範囲第1項及び発明の目的において、正確に量を調整する装置としてピストンポンプのみに特定していない。この装置の限定した構成については、特許請求の範囲第1項の従属項である第3項において、ストローク調整可能なピストンポンプを特定していることからも、洗浄液の量を正確に調整する手段は、ピストンポンプ以外のポンプなどにより構成される他の液量を正確に調整する装置も示唆していることは明らかである。そして、発明の詳細な説明及び図面において、ストローク調整可能なピストンポンプが、洗浄液を極めて正確に計量する場合に最適であることを明示している。

したがって、本件特許発明の構成要件である「液体計量手段」は、原明細書に記載された「各洗浄動作毎に正確に量を調整された洗浄液がノズルビームに導入される」機能を、構成上において明確にするための用語として使用したものであって、その機能を超えて拡張したものではない。

原告は、単に「機能」が示されているだけで、その機能を実現するものとして認識され原明細書に開示された技術的手段を超えて、あらゆる技術的手段を含む広義の「液体計量手段」として記載することが許されてはならないと主張するが、発明者が、実施例のピストンポンプを必須の技術手段とした狭義の発明思想を認識していないことは、上記の理由から明らかであり、本件特許発明では、洗浄液の量を正確に調整し、それをノズルビームに導入させる機能を持つ液体計量手段という、技術的にみてごく常識的な意味で「液体計量手段」という用語が使われているにすぎない。

また、原告は、「液体計量手段」には「入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる圧縮ポンプ」も包含されると主張するが、従来の洗浄液の供給は、高圧ポンプにより洗浄液を加圧しノズルから噴射させて行われる、いわゆる一流体ノズルによるものであって、そのための高圧ポンプは、ノズルビームの内容積に関係なく洗浄液を供給するから、それ自体が定量の洗浄液を入口用連結部材に供給する機能を持つものでなく、そもそも本件特許発明における「液体計量手段」には該当しない。

2  圧縮空気供給手段について

原明細書には、特許請求の範囲第1項において、「ビーム(11)がその内部における一定量の液体を吹き出すために圧縮空気ライン(22)に接続されている」(甲第1号証1頁左下欄8~10行)、同第2項において、「ノズルビーム(11)と上記圧縮空気ライン(22)の間に、上記の一又は複数のポンプ(16)が停止した時に開通し、該ポンプが作動した時に遮断されるよう構成された圧縮空気ライン(15)が存在すること」(同1頁左下欄12~15行)と記載されており、一定量の洗浄液を吹き出すための圧縮空気を供給する手段の存在を開示している。

そして、その手段は、発明の詳細な説明及び図面において、バルブ25による実施例によって裏付けされており、この実施例では、圧縮空気供給手段が圧縮空気ラインに配置されたバルブに相当するものであり、その開閉を制御装置によって操作することで、圧縮空気が入口用連結部材に供給又は供給停止されることになる。

したがって、圧縮空気供給手段は、前述した機能を持った装置として圧縮空気ラインに配置されたもので、その機能は入口用連結部材に導入された洗浄液を管状部材へ押し出すための圧縮空気を供給することで特定されているから、「圧縮空気供給手段」という用語のみを取り出して、圧縮空気の供給機能を持つ要素のすべてを含む上位概念であるとする議論は意味がない。

3  本件特許発明は、ノズルを備えたノズルビーム内に残存する液体がポンプの作動によりノズルから押し出されるという、従来の洗浄液供給方法の欠点を解消するため、「ノズルビームは各噴霧動作毎に自動的に且つ完全に液体が抜き取られ、且つそれにも拘わらず極めて簡素な構成であり、また現在使用されているシステムを本発明で示されたものを利用するよう改良すること」を目的とし、この目的を、「各洗浄動作毎に少なくとも一度は正確に量を調整された洗浄液がノズルビームに導入されると共に、ノズルビームには一定量の洗浄液を吹き出すために圧縮空気ラインが連結される」ことによって実現している。

その主要な構成として、各洗浄動作毎に正確に量を調整された一定量の洗浄液をノズルビームに導入する技術的手段と、導入した一定量の洗浄液を吹き出すための圧縮空気を供給する技術的手段とが必要であることは明白であり、本件特許発明は、上記の技術的手段について、「液体計量手段」と「圧縮空気供給手段」という用語を使用したにすぎない。

そして、装置発明の技術思想の表現として「~手段」の語を用いても、その手段が何をするのかを特定してあれば、当業者は、開示された実施例の装置構成やそれに使われている機械部品の役割などにより、発明を十分理解できるのであるから、単に「~手段」を用いたことをもって、発明が不明確になって再現できなくなるものではない。

したがって、本件分割出願は、適法になされたものであり、原出願の出願日である昭和54年9月25日に出願されたものとみなされるものであるから、引用例1は本件特許発明の出願前に公開されたものでなく、本件特許発明は、その出願前に公開された引用例2~4に記載された発明に基づいて容易に発明できたものではないとする審決の判断(審決書33頁18行~36頁14行)に、誤りはない。

2  取消事由2について

以上のとおり、本件補正においては、各洗浄動作毎に正確に量を調整された一定量の洗浄液をノズルビームに導入する技術的手段を、「液体計量手段」と表現し、導入した一定量の洗浄液を吹き出すための圧縮空気を供給する技術的手段を、「圧縮空気供給手段」と表現し、発明思想を明確にしたものであるから、この補正は、基準明細書に開示された範囲内のものであって、発明の要旨を変更するものではない。

したがって、本件特許発明は、適法になされた分割出願であるとともに、その出願後の補正が要旨を変更するものではないので、原出願の出願日である昭和54年9月25日に出願されたものとみなされるのであるから、この点に関する審決の判断(審決書33頁12~17行)に、誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  分割要件の判断の誤り(取消事由1)について

審決の理由中、本件特許発明の要旨の認定、当事者の主張の認定、出願公告後の補正の適否の判断(審決書24頁9行~26頁4行)、本件分割出願の分割要件についての判断の一部(審決書26頁7行~29頁2行、31頁4行~32頁20行)は、いずれも当事者間に争いがない。

1 液体計量手段について

本件分割出願前の原明細書(甲第1号証)には、その特許請求の範囲に「少なくとも一つのポンプにより洗浄液が供給され・・・各洗浄動作毎に正確に量が調整された洗浄液が上記ノズルビーム(11)に導入される」(同号証1頁左下欄3~8行)と記載され、さらに、発明の詳細な説明として、「この装置はノズルビームを有し、該ノズルは上記布を濡らすために少なくとも1つのポンプにより洗浄液が供給されるよう構成されている。従来の一般的傾向における技術方法では、ノズルを備えたビームは高圧ポンプにより洗浄液を供給されるので、ノズルは常に洗浄液で満たされた状態にあり、ポンプを作動させると同時に液体が押し出されるのである。・・・また通常の印刷状態において、ノズルから噴射される液体の量を正確に制御できない欠点がある。」(同2頁左上欄7~25行)、「各洗浄動作毎に少なくとも一度は正確に量を調整された洗浄液がノズルビームに導入されると共に、ノズルビームには一定量の洗浄液を吹き出すために圧縮空気ラインが連結されるのである。」(同頁右上欄9~12行)、「本発明の更に有益な発展の一部としては、洗浄液のポンプとして調整可能なストロークを有するピストンポンプが採用されていることであり、そのため極めて正確に計量された液体が、しかも印刷機の作動のための要請に適合せしめられて供給されるのである。」(同頁左下欄17~21行)、「各場合においてポンプ(16)は最適のピストンポンプが採用されている。」(同3頁左上欄24~25行)、「入口用連結部材(14)とこれに接続されたノズルビーム(11)は一定量の洗浄液を吸収することができ」(同3頁右上欄8~9行)と記載されている。

これらの記載によれば、原明細書では、従来、ノズルを備えたビームは高圧ポンプにより洗浄液を供給されるため、ノズルから噴射される液体の量を正確に制御できないという課題が認識され、この課題解決のために、各洗浄動作毎に正確に量を調整された洗浄液がノズルビーム及び入口用連結部材に導入されるようにする技術手段を採用することと、その具体的手段として、調整可能なストロークを有するピストンポンプが最適であることが示されているものと認められる。そして、一定量の液体を正確に計量して供給するための液体計量手段は、上記のピストンポンプに限定されるものでなく、これ以外の技術手段も存することは、当然の技術常識といわなければならない。

そうすると、当業者は、洗浄液を正確に計量してノズルビーム及び入口用連結部材に導入するという技術的課題を把握するとともに、当該課題を解決するための液体計量手段として、例示されたピストンポンプを認識するだけでなく、他の液体計量手段をも適宜選択できると理解するものと認められる。したがって、原明細書には、上記技術課題の解決手段として、ノズルビームに接続された「入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる液体計量手段」の技術思想が、ピストンポンプという具体的実現手段とともに開示されているものといわなければならない。一方、本件分割出願後の公告明細書(甲第10号証)には、その発明の要旨である「入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる液体計量手段」について、〔発明が解決しようとする課題〕として、ノズルを備えた管状部材には、高圧ポンプにより洗浄液を供給されるので、ノズルは常に洗浄液で満たされた状態にある。・・・通常の印刷状態において、洗浄用布に与える洗浄液の量を正確に制御できない。」(同号証2頁3欄29行~4欄4行)、「この発明の目的は、・・・入口用連結部材に導入される計量された洗浄液を、管状部材の内部に残さずに洗浄用布に与えることのできる印刷機のブランケットシリンダ洗浄装置を提供することである。」(同頁4欄12~17行)と記載され、〔実施例〕として、「管状部材11に導入される洗浄液の量の正確な制御を行うため、各ポンプ16はピストンポンプとして設計されるのが最適である。」(同4頁7欄5~8行)、「入口用連結部材14とこれに接続された管状部材11は、計量された洗浄液を収容することができ、洗浄液を収容する空間は、図において符号24で示されている。・・・各ポンプ16は、・・・一定の量を調整された洗浄液を管状部材11に送り込むために作動する。この目的のため、本実施例においては、ポンプ16は夫々一ストローク移動する。特別な場合に必要とされる液体の量にポンプのストロークを正確に適合させることを可能とするため、ポンプストロークの寸法は調整可能とするのが最適である。」(同4頁7欄20~32行)、「洗浄液のポンプに調整可能なストロークを有するピストンポンプを採用することができ、こうすると、きわめて正確に計量された洗浄液が、印刷機の作動のための要請に適合せしめられて供給される。」(同5頁9欄29~33行)、「洗浄動作に必要な量の洗浄液を入口用連結部材に導入するための液体計量手段が設けられ、計量後の洗浄液が圧縮空気によって全部洗浄用布に与えられるので、ブランケットシリンダの汚れの状況に応じた最適な洗浄液量を洗浄用布に与えることができ、洗浄液の節減が図れる。」(同5頁10欄10~15行)と記載されている。

これらの記載によれば、公告明細書では、適切な洗浄液量を洗浄用布に与えるために、ノズルを備えた管状部材(ノズルビームと同義である。)に導入する洗浄液の量を正確に制御することを技術課題として、ノズルを備えた管状部材に接続された「入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる液体計量手段」を発明の構成要件としており、その具体的実現手段としてピストンポンプを採用することが開示されているものと認められる。

そうすると、公告明細書に規定された「入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる液体計量手段」の構成要件については、原明細書に記載された技術事項と同一内容が記載されているものと認められるから、本件分割出願における上記構成要件は、原明細書に、各洗浄動作毎に正確に量を調整された洗浄液をノズルビームに導入させる技術思想が機能として示され、かつ、機能実現の具体的手段としてピストンポンプの裏付けがなされている技術事項に基づいて規定されたものといわなければならない。

原告は、単に「機能」が示されているだけで、その機能を実現するものとして認識され原明細書に開示された技術的手段を超えて、あらゆる技術的手段を含む広義の「液体計量手段」として構成要件を記載することは許されないし、実施例として開示されるピストンポンプの範囲を超えて、あらゆるポンプ手段を包含する「液体計量手段」とすることが、原明細書の開示の範囲を逸脱していると主張する。

しかし、前示のとおり、原明細書には、洗浄液の量を正確に制御できないという課題の解決手段として、各洗浄動作毎に正確に量を調整された洗浄液がノズルビームに導入されるという機能を備える液体計量手段が開示され、かつ、この課題解決の液体計量手段の実施例としてピストンポンプの裏付けがなされており、当業者は、これを上記機能を実現する具体的手段の1つとして認識するだけでなく、他の液体計量手段をも適宜選択できると理解するものと認められるから、原明細書には、本件分割発明でいう「入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる液体計量手段」が、実質的に記載されていたものということができ、原告の主張を採用する余地はない。

また、原告は、この「液体計量手段」には、「入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる圧縮ポンプ」も包含されるから、原明細書で従来技術の圧縮ポンプを用いることによる不具合を技術的課題として掲げていることと矛盾すると主張する。

しかし、圧縮ポンプに定量の液体を導入させる機能がないことは、原明細書及び公告明細書の前記記載からみても明らかであり、このような技術手段が、本件特許発明の「入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる」機能を有する液体計量手段に包含されるものでないことはいうまでもないから、原告の主張はその前提において誤りがあり、到底採用できない。

以上のとおり、審決が、本件分割出願後の特許請求の範囲に記載された「入口用連結部材に定量の洗浄液を導入させる液体計量手段」の構成要件が、原明細書に記載された「各洗浄動作毎に正確に量が調整された洗浄液がノズルビームに導入される」機能を、「~手段」で表現したものであり、原明細書に開示された特許請求の範囲を拡張するものではないと判断した(審決書29頁16~20行)ことに誤りはない。

2  圧縮空気供給手段について

本件分割出願前の原明細書(甲第1号証)には、特許請求の範囲に「ビーム(11)がその内部における一定量の液体を吹き出すために圧縮空気ライン(22)に接続されている」(同号証1頁左下欄8~10行)、「ノズルビーム(11)と上記圧縮空気ライン(22)の間に、上記の一又は複数のポンプ(16)が停止した時に開通し、該ポンプが作動した時に遮断されるよう構成された圧縮空気ライン(15)が存在する」(同頁左下欄12~15行)と記載され、さらに、発明の詳細な説明として、「従来の一般的傾向における技術方法では、ノズルを備えたビームは高圧ポンプにより洗浄液を供給されるので、ノズルは常に洗浄液で満たされた状態にあり、ポンプを作動させると同時に液体が押し出されるのである。そのため、ノズルを備えたビームは常にその内容積に等しい量の液体で充満されることになって、該ビームを印刷機から取り除く場合には先づ、液体をビームから抜き取らなければならず、これがこの作業をかなり複雑にし且つ手間をとらせるのである。」(同2頁左上欄11~19行)、「各洗浄動作毎に少なくとも一度は正確に量を調整された洗浄液がノズルビームに導入されると共に、ノズルビームには一定量の洗浄液を吹き出すために圧縮空気ラインが連結されるのである。」(同頁右上欄9~12行)、「ビーム内の液体は各洗浄動作において略完全に抜き取られるため、後に液体が流出し、場合によってはその化学的性質のため損害を引き起こすというような危険性がない。・・・圧縮空気の使用は洗浄液の噴霧状態を最良の状態に維持し、これによって一様な散布状態が得られる。」(同頁右上欄17~24行)、「圧縮空気ラインは、・・・供給部材に接続されている。」(同3頁左上欄18~19行)、「この充填動作の後、圧縮空気ライン(15)が加圧状態におかれ、ノズルビーム及びこれに接続された入口用連結部材内の液体が圧縮空気によりその流入に従って押し出される。この目的のため圧縮空気ライン(15)にバルブ(25)が具備されているが、このバルブは詳細に図示しない制御装置により、各ポンプ(16)がそのストロークの終端に達するや否や開通せしめられる」(同3頁右上欄25~左下欄6行)と記載されている。

これらの記載によれば、原明細書では、従来、ノズルを備えたビームは高圧ポンプにより洗浄液を供給され、ノズルが常に洗浄液で満たされた状態にあるため、ビームを印刷機から取り除く場合には、洗浄液をビームから抜き取らなければならず、作業が複雑で手間をとらせるという課題が認識され、この課題解決のために、ビーム内の液体が各洗浄動作において略完全に抜き取られるように、洗浄液を圧縮空気により押し出すという技術手段を採用することと、その具体的手段として、圧縮空気の供給のために圧縮空気ラインにバルブを具備させることが示されているものと認められる。そして、圧縮空気の供給源から圧縮空気ラインに圧縮空気を供給する手段は、上記のバルブに限定されるものでなく、これ以外の技術手段も存することは、当然の技術常識といわなければならない。

そうすると、当業者は、ビーム内の液体を各洗浄動作において略完全に抜き取られるようにするという技術的課題を把握するとともに、当該課題を解決するための圧縮空気供給手段として、例示されたバルブを認識するだけでなく、他の圧縮空気供給をも適宜選択できると理解するものと認められる。したがって、原明細書には、上記技術課題の解決手段として、「圧縮空気ラインに配置され、入口用連結部材に導入された洗浄液を管状部材へ押し出すための圧縮空気を供給する圧縮空気供給手段」の技術思想が、バルブという具体的実現手段とともに開示されているものといわなければならない。一方、本件分割出願後の公告明細書(甲第10号証)には、その発明の要旨である「圧縮空気ラインに配置され、入口用連結部材に導入された洗浄液を管状部材へ押し出すための圧縮空気を供給する圧縮空気供給手段」について、〔発明が解決しようとする課題〕として、「ノズルを備えた管状部材には、高圧ポンプにより洗浄液が供給されるので、ノズルは常に洗浄液で満たされた状態にある。この洗浄液はポンプを作動させたときにノズルから押し出される。・・・管状部材を印刷機から取り出す場合には、先づ洗浄液を管状部材から抜き取らなければならない。これは、この作業をかなり複雑にし、且つ手間を取らせるものである」(同号証2頁3欄29~41行)、「この発明の目的は、・・・洗浄液を、管状部材の内部に残さずに洗浄用布に与えることができる印刷機のブランケットシリンダ洗浄装置を提供することである。」(同2頁4欄12~17行)と記載され、〔実施例〕として、「圧縮空気ライン15は、・・・その供給源に接続されている。」(同3頁6欄43行~4頁7欄1行)、「この充填動作の後、圧縮空気ライン15は加圧状態におかれ、入口用連結部材14内の液体が圧縮空気により管状部材11に押し出される。この目的のため、圧縮空気ライン15にはバルブ25が具備されている。このバルブ25は、制御装置28により、各ポンプ16がそのストロークの終端に達するや否や開通せしめられる」(同4頁7欄43行~8欄5行)、「バルブ25、制御装置28は圧縮空気の供給を制御する手段を構成している。」(同4頁8欄16~18行)と記載され、さらに〔発明の効果〕として、「洗浄動作に必要な量の洗浄液を入口用連結部材に導入するための液体計量手段が設けられ、計量後の洗浄液が圧縮空気によって全部洗浄用布に与えられるので、ブランケットシリンダの汚れの状況に応じた最適な洗浄液量を洗浄用布に与えることができ、洗浄液の節減が図れる。」(同5頁10欄10~15行)と記載されている。

これらの記載によれば、公告明細書では、洗浄液を管状部材の内部に残さずに洗浄用布に与えることを技術課題として、「圧縮空気ラインに配置され、入口用連結部材に導入された洗浄液を管状部材へ押し出すための圧縮空気を供給する圧縮空気供給手段」を発明の構成要件としており、その具体的実現手段として、バルブを採用することが開示されているものと認められる。

そうすると、公告明細書に規定された「圧縮空気ラインに配置され、入口用連結部材に導入された洗浄液を管状部材へ押し出すための圧縮空気を供給する圧縮空気供給手段」の構成要件については、原明細書に記載された技術事項と同一内容が記載されており、上記構成要件は、原明細書に、洗浄液を管状部材の内部に残さずに押し出すための圧縮空気を供給する技術思想が機能として示され、かつ、機能実現の具体的手段としてバルブの裏付けがなされている技術事項に基づいて規定されたものといわなければならない。

原告は、「液体計量手段」の場合と同様に、単に「機能」が示されているだけで、その機能を実現するものとして認識され原明細書に開示された技術的手段を超えて、あらゆる技術的手段を含む広義の「圧縮空気供給手段」として構成要件を記載することは許されないし、実施例として開示されるバルブの範囲を超えて、あらゆる空気供給手段を包含する「圧縮空気供給手段」とすることが、原明細書の開示の範囲を逸脱していると主張する。

しかし、前示のとおり、原明細書には、洗浄液をノズルを備えたビームの内部に残さないという課題の解決手段として、入口用連結部材に導入された洗浄液をノズルビームから押し出すための圧縮空気を供給するという機能を備える圧縮空気供給手段が開示され、かつ、この課題解決の圧縮空気供給手段の実施例として、バルブが圧縮空気ラインに配置されることが開示されており、このバルブは、圧縮空気ラインに対する圧縮空気供給源との接続を開閉するという一般的作用を有するだけであって、それ以上の格別の技術的意義を有しないことも明らかである。

したがって、当業者は、これを上記機能を実現する具体的手段の1つとして認識するだけでなく、他の圧縮空気供給手段をも適宜選択できると理解するものと認められるから、原明細書には、本件分割発明でいう「入口用連結部材に導入された洗浄液を管状部材へ押し出すための圧縮空気を供給する圧縮空気供給手段」が、実質的に記載されていたものということができ、原告の主張を採用する余地はない。

以上のとおり、審決が、本件分割出願の特許請求の範囲に記載された「圧縮空気ラインに配置され、入口用連結部材に導入された洗浄液を管状部材へ押し出すための圧縮空気を供給する圧縮空気供給手段」の構成要件が、原明細書に記載された「圧縮空気ラインを加圧し、入口用連結部材内の液体をノズルビーム、つまり、管状部材に圧縮空気により押し出す」作用を、「~手段」で表現したものであり、原明細書に開示された特許請求の範囲を拡張するものではないと判断した(審決書30頁15行~31頁3行)ことに誤りはない。

3  さらに、原告は、本件特許発明が装置発明であり、ある目的とする機能や作用をなす「~手段」として記載された構成要素が、装置発明の構成要件となるものでなく、上記液体計量手段や圧縮空気供給手段の語も、極めて抽象的な表現であって、具体的にいかなる装置構成を有すればその手段たり得るか特許請求の範囲の記載のみによっては判然としないから、このような上位概念を認識するためには複数の具体的開示を必要とすると主張する。

しかし、当業者が、当該発明の特許請求の範囲における機能的記載によって、それを実現する具体的構成を想定し、容易にその発明を実施できる場合には、課題解決の手段として常に具体的構成を記載すべき必要はなく、技術思想として把握できる機能又は作用を用いて発明を表現することも許されるものというべきである。そして、本件特許発明においては、前示のとおり、原明細書の実施例に、洗浄液を正確に計量してノズルビーム(管状部材)に導入する手段として、ピストンポンプが例示され、洗浄液をノズルビームから押し出すための圧縮空気の供給手段として、バルブが圧縮空気ラインに配置されることが例示されており、当業者は、これらを機能を実現する具体的手段の1つとして認識するだけでなく、他の液体計量手段や圧縮空気供給手段をも適宜選択できると理解するものと認められる。

したがって、原告の上記主張もこれを採用する余地はない。

以上のとおり、本件分割出願は、適法になされたものであり、原出願の出願日である昭和54年9月25日に出願されたものとみなされるのであるから、引用例1は本件特許発明の出願前に公開されたものでなく、本件特許発明は、その出願前に公開された引用例2~4に記載された発明に基づいて容易に発明できたものではないとする審決の判断(審決書33頁18行~36頁14行)に誤りはない。

2  要旨変更の判断の誤り(取消事由2)について

原告は、本件補正において、本件特許発明の発明の要旨変更がある旨主張するところ、原明細書(甲第1号証)と基準明細書(甲第5号証)が基本的に記載内容を同じくし、本件分割出願後の本件特許発明の要旨を記載した公告明細書(甲第10号証)と本件補正書(甲第8号証)との記載内容が同一であることは、当事者間に争いがなく、したがって、本件補正の違法性については、原明細書と公告明細書とを対比した上記取消事由1の分割出願に関する判断が、そのまま当てはまるものであることも当事者間に争いがない。

そうすると、本件特許発明の公告明細書の記載と本件補正書の記載が、いずれも基準明細書に記載されていた事項の範囲内であることは、前示の取消事由1に関する判断と同様であり、原告の上記主張を採用できないことは明らかである。そして、本件特許発明は、適法になされた分割出願であるとともに、分割出願後の本件補正が要旨を変更するものではないので、原出願の出願日である昭和54年9月25日に出願されたものとみなされる。

この点について、審決は、「本件特許分割出願は、上記1で述べたとおり、原出願の当初明細書および図面に記載された事項に基づいて、昭和54年9月25日に出願されたとみなされる適法な分割出願と認められるから、手続補正書が提出された平成2年5月7日に特許出願されたものではない。」(審決書33頁12~17行)と判示するのみであり、原明細書と基準明細書との記載内容及び公告明細書と本件補正書との記載内容が基本的に同一であることに関する認定を明示しておらず、本件分割出願の適否と本件補正の要旨変更の問題を明確に区別していないから、その説明が不十分であるといわざるを得ないが、結論において誤りがないことは前示のとおりである。

3  以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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